2013年12月4日水曜日

『A2-B-C仙台上映会』終了しました。

『A2-B-C仙台上映会』、おかげさまで200名を超す方に、ご覧いただくことができました。
足を運んでくださった方、次の機会をとお声を寄せてくださった方、
告知してくださった方、本当にありがとうございました。


「記録すること」の意義を、ひしひしと感じる映画でした。
何のために?忘れないために。
福島で起きたことを忘れないために。
福島で起きていることを忘れないために。
世界各地の映画祭でこの映画を見た人たちから寄せられる、メッセージの数々。
「福島のことを忘れない。」
「あなた方は間違っていない。」
「あなたは一人じゃない。」

でも、でも、本当に悲しいことだけど、
私達はいつか忘れてしまう。
流された涙も、押し殺された嗚咽も、胸を引き裂かれるような思いも、
少しずつ、少しずつ薄められて、日常に溶けていく。
10年経ち、20年経ち、私達の子どもの誰か、
原発事故を知らない世代が、廃炉作業を担い、
いつの間にか、福島原発事故は歴史になっていく。
歴史の年表に「東日本大震災発生、福島第一原子力発電所事故」と、
一行で書かれ、資料集に崩落した建屋が載れば、まだマシな方だろう。

イアンさんの映画は、福島が負っている傷を、
淡々と、でもあたたかい眼差しで、映し出していく。
今、私達ができることは、その傷の痛みを想像すること。
映像でしか伝わらないリアリティが、それを可能にし、
想像することで私達は忘却の波と抗うことができる。


朝、うちの子が、リュックを背負って出かける時、
福島の子は、線量を測るガラスバッジを首から下げる。

うちの子は、「ほうしゃのう」と発音したことはないけれど、
福島の子は、「ほうしゃのう」が何か説明できる。

うちの子が友達と他愛のないおしゃべりをしている時、
福島の子は「嚢胞いくつあった?」という話をしている。

福島には通学路の脇で50μsv/hを超える場所がある。
仙台のホットスポットは、せいぜい高くて0.5μsv/h程度。

福島のお母さんは、子どもをどの部屋で寝かせるかで悩んでいる。
2階の子ども部屋の線量が高いから。

福島の子どもたちが遊ぶ園庭には、木が一本もない。
汚染がひどくて、全て切り倒されたから。

そして今この時、福島には甲状腺癌の手術をした子が27人いて、
お母さん達は、子どもが寝た後で泣いていると思う。


避難したことは、後ろ指さされるようなことではない。
避難しなかったことは、責められるべきことではない。
その選択に優劣はないし、どちらを選んでも、いばらの道。
それぞれの選択をいばらの道にしたのは、この国の在り方。
選択の結果を、子どもたちに引き受けさせているのも、この国の在り方。
そして、国の在り方を決めたのは、自分とは無関係な話だと決め込んだ、
誰でもない私達。


私が息子を愛しているように、
私と異なる場所で暮らし、異なる選択をした誰かも、我が子を愛している。
そして私が知らない悲しみを抱えて生きている。
忘れることなどできない。
その痛みも悲しみも、私が引き受けていたものかもしれないから。



『A2-B-C』
12月は京都、神戸のぴあ・フィルムフェスティバルと、
ヒロシマ平和映画祭で上映されます。
福島の今を、ぜひその目で見て欲しいと思います。

http://pff.jp/35th/lineup/unknown01.html